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11月23日 勤労感謝の日

2009年11月23日(月) 08時19分47秒 スタッフブログ

明治以来、天皇制がなくなるまで、11月23日(第2卯の日)は「新嘗祭(にいなめさい)」という祭日でした。
 新しくその日に生まれた米の収穫を感謝する祭りで7世紀頃に宮中儀式として確立されたようです。

労働に関する昔話

むかしむかし、ある村に、たろ助という若者がおりました。
 たいそうななまけもんで、毎日ぶらぶら遊び暮らしております。
 きょうもぶらぶらと遊んでいますと、たろ助を呼ぶ声がしました。
「もしもし、たろ助どん」
 声のするほうを見ると、小さなつぼがころがっています。
「こりゃあ、ええもん見つけたぞ」
と、拾いあげると、つぼの中には、小さい男がいるではありませんか。
「わわっ! おまえは、だれだ!」
「たろ助どん、わしはおまえさんのように、ぶらぶら遊んでいるなまけもんが好きでな、きょうから、おまえさんの家で暮らしたい。どうか連れていってくれ」
「そうか。なら、こいや」
 家に帰ったたろ助が、つぼから出してやると、それは、たろ助の手のひらに乗るほどの小さな男でした。
「ま、ゆっくりせいや。すまんが、留守番を頼むぞ」
 たろ助があっちこっち、ぶらぶら遊んでから、家に帰ってみると、見たこともない男が、大の字になって寝ています。
「おい起きろ! おまえはどこのもんだ!」
「おい、忘れたのか。つぼから出てきたわしを」
「えっ? ・・・ひえっ! なんでまた、そう大きうなった」
「じつはな、おまえが遊んでくれると、わしのからだが大きくなるんだ。これからも、よう遊んでくれや」
 ビックリした、たろ助ですが、あくる日も遊びに出かけました。
 そして、タ方帰ってくると、男はまた大きくなって、頭が天井につきそうでした。
 たろ助は、いつ踏みつぶされるか心配で、ひと晩じゅう、へやのすみでひやひやしておりました。
 朝になるのを待ちかねて、たろ助は家から逃げるように飛び出すと、その日もタ方まで、ぶらぶらと遊んで帰りました。
 すると、家の戸口から大木のような足が、ニョキニョキと出ていて、窓からは太い手が飛び出していました。
「うひゃーっ、こりゃあ、たまげたー!」
 たろ助は、家の中にはいることができません。
「やれやれ、とんだことになっちまったぞ。あしたも遊んでいると、家をつぶされてしまうな」
 たろ助はつぎの日、いやいや畑しごとをしました。
 夕方、家に帰ってみると、男は二回りほど、小さくなっていました。
「ははん、おらが働けば、小そうなるんだな」
 それからたろ助は、毎日毎日働きました。
 それにつれて、男はだんだん小さくなっていきます。
 とうとう、つぼから出たときのように、小さくなった男は、
「たろ助どん、ここは住みにくうなった。もう一度わしをつぼに入れて、道ばたに捨ててくれや」
「ほいよ、承知した」
 たろ助は小さい男をつぼに入れて、道ばたに捨てました。
 それからは毎日、たろ助はまじめにはたらいて、お金持ちになったということです。





11月22日 ボタンの日

2009年11月22日(日) 08時23分30秒 スタッフブログ

日本ボタン協会・全国ボタン工業連合会などが1987(昭和62)年に制定。1870(明治3)年のこの日、大政官布告によって日本海軍の制服が定められ、前面2行各9個、後面2行各3個の金地桜花のボタンを付けることになったのを記念しています。

(他の記念日)

大工さんの日
日本建築大工技能士会が1999(平成11)年に制定。
11月が「技能尊重月間」であること、「十一」を組み合わせると「士」となり「建築士」にふさわしいこと、22日は大工の神様とされる聖徳太子の命日(622年2月22日)であること、「11二二」を組み合わせると、11はニ本の柱をあらわし、ニは土台と梁あるいは桁を表して軸組合の構造体となり、11月22日が大工との関係が密接であることから。

いい夫婦の日
余暇開発センター(現在の自由時間デザイン協会)が1988(昭和63)年に制定。
「いい(11)ふうふ(22)」の語呂合せと、11月の「ゆとり創造月間」の期間中であることから。
いい夫婦の日をすすめる会」→http://www.fufu1122.com/

和歌山県ふるさと誕生日
和歌山県が1989(平成元)年に制定。
1871(明治4)年、和歌山県が現在の県域が定まりました。

長野県りんごの日
JA長野県経済連(現在のJA全農長野)等が1999(平成11)年に制定。
長野県産林檎の主力品種が「ふじ」であることから「いい(11)ふじ(22)」の語呂合せと、「いい(11)ふうふ(22)」(いい夫婦)→「アダムとイヴ」→「林檎」との連想から。

回転寿司記念日
回転寿司チェーン「廻る元禄寿司」の元禄産業が制定。
回転寿司を考案した同社元会長の白石義明氏の1913年の誕生日。





11月20日 ピザの日

2009年11月20日(金) 08時23分20秒 スタッフブログ

1889(明治22)年、イタリアで大流行していたピザを当時の王女マルゲリータが所望しました。
 そのときピザは、白(モッツアレラチーズ)・緑(バジル)・赤(トマトソース)でイタリア国旗をデザインにしていました。
 11月20日は王女マルゲリータの誕生日にあたり、凸版印刷が1995(平成7)年に制定しました。

イタリアに関する昔話

むかし、むかし、イタリアのアトリという町のお話です。
 ある日、王様の命令で、町の広場の塔に、大きな鐘がつるされました。
 鐘からは、長いつなが下がっています。
「どんな音がするのだろう?」
 町の人たちは、塔をとりかこんで、むねをわくわくさせながら、王様がくるのを待ちました。
 やがて、王様は馬車でおつきになると、集まった人びとに、こういいました。
「この鐘は、ただ時刻を知らせたり、音を聞くだけのものではない。『正しさの鐘』として、ここにつるしたのじゃ」
「正しさの鐘?」
 人びとは、ふしぎそうに王様を見つめました。
「そうじゃ『正しさの鐘』じゃ。おまえたちのうちのだれでも、もし、人にいじめられたり、つらいめにあわされたりしたら、ここへきて、鐘をならせばよい。鐘がなれば、裁判官すぐにきて、おまえたちのいい分を聞いてくれる。そして、何が正しいかを、きめてくれるであろう」
「だれが鐘をならしても、よろしいのですか?」
「だれがならしてもよい。子どもでもよいぞ。見よ。そのために、つなはこのように長くしてあるのじゃ」
 こうして、アトリの町では、その日から、人につらいめにあわされたものや、あらそいごとのある人は、塔の下にきて、鐘をならすようになりました。
 そして、王様のおっしゃったとおり、鐘がなると裁判官がやってきて、だれが正しいか、何が真実かをきめてくれるのです。
 鐘のおかげで、町のみんなは、楽しく毎日をすごせるようになりました。
 長い年月のあいだに、大ぜいの人がつなをひっぱったので、つながきれて、新しいつなができるまで、ぶどうのつるがさげられることになりました。
 さて、アトリの町はずれに、一人の金持ちの男の人が住んでいました。
 この人は、若いころは馬にのって悪者をたくさんやっつけた、いさましく、正しい人でした。
 でも、年を取るにしたがって、だんだんといじわるのけちん坊になってしまったのです。
 ある日、金持ちは考えました。
「もっとお金を貯める方法はないだろうか。そうだ。馬にエサをやらなければいいんだ」
 こうして、むかし、いっしょにかつやくした馬なのに、エサをやるのをやめてしまいました。
 やせほそった馬は、ヨロヨロしながら、やっとアトリの町へたどりつきました。
 そして、広場の塔の下まで来ると、つなのかわりに下がっていたぶどうのつるの葉を、むしゃむしゃ食べ始めました。
ガラン、ガラン。
 馬が食べるたびに、鐘が、ガラン、ガランとなりました。
 町の人たちも裁判官も広場に飛んできて、その馬を見ました。
「かわいそうに、こんなにやせている」
「馬は口がきけないから、鐘を鳴らして、辛いことをうったえているのだ」
 すぐに飼い主だった金持ちが、広場に呼ばれました。
 裁判官は金持ちにいいました。
「この馬は、今までとてもあなたの役に立ってきたはず。あなたのためたお金の半分は、この馬の物ではありませんか?」
 金持ちの男の人は、ブドウの葉を食べている馬を見ているうちに、胸がいっぱいになりました。
 自分がどんなにひどいことをしたか、ようやくわかったのです。
 そしてそれからは、馬を大切にして、いつまでも仲良く暮らしました。
 アトリの鐘は、うまにとっても『正しさの鐘』だったのです。





11月19日 緑のおばさんの日

2009年11月19日(木) 08時24分12秒 スタッフブログ

1959(昭和34)年、通学する児童を交通事故から守るため、学童擁護員(緑のおばさん)の制度がスタート。
 この日、東京都に初めての緑のおばさんが登場しました。
 当初は、東京都労働局が失業対策に採用していましたが、今は町内会などで分担されているようです。

(他の記念日)

鉄道電化の日
鉄道電化協会が1964(昭和39)年に制定。
1956(昭和31)年、米原?京都が電化され、東海道本線全線の電化が完成しました。

農業共同組合法公布記念日
全国農業協同組合中央会(JA全中)が制定。
1947(昭和22)年、「農業協同組合法」が公布されました。

ペレの日
ブラジル・サンパウロ市郊外のサントス市が1995(平成7)年に制定。
1969年、サントスFCで活躍したサッカー選手・ペレが、1000号ゴールの偉業を達成しました。

 

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11月18日 土木の日

2009年11月18日(水) 08時16分40秒 スタッフブログ

1879(明治12)年のこの日、工学会(日本工学会)が設立されました。
 また、「土木」という文字を分解すると「十一」と「十八」になることから、土木学会、日本土木工業協会などが建設省(国土交通省)の支援で、1987(昭和62)年に記念日に制定しました。

土木に関する昔話

むかし、飛騨(ひだ→岐阜県)の山おくに、佐吉(さきち)という、彫り物のとてもじょうずな男がすんでいました。
 あるとき、佐吉はうでだめしをしようと、旅に出かけました。
 ところが、尾張(おわり→愛知県)の国まできたときには、持っていた旅費をすっかり使いはたしてしまいました。
 宿の支払いにもこまった佐吉は、宿の主人になにか彫り物をさせてほしいとたのみました。
「よし、それじゃ、宿代のかわりに、なにか彫っておくんなさい」
 主人がゆるしてくれたので、佐吉はさっそく彫りはじめました。
 よく朝、佐吉はみごとな大黒さまを宿の主人に差し出しました。
「ほほう。これは見事。こんなすばらしい大黒さまは見たことがない。これは、家の家宝にさせていただきます」
  大喜びする宿の主人に、佐吉は申し訳なさそうに。
「彫る木が手元になかったもので、このへやの大黒柱(だいこくばしら)をくりぬいて使わせてもらいました。おゆるしください」
「・・・?」
 宿の主人が大黒柱を調べてみましたが、きずひとつ見当たりません。
「はて、この大黒柱でしょうか?」
「はい。これです」
 そういって、佐吉がポンと手をたたくと、カタンと、柱の木がはずれました。
 なるほど、たしかに中は空洞です。
 すっかり感心した宿の主人は、佐吉のことを、そのころ日光東照宮(にっこうとうしょうぐう→詳細)の造営(ぞうえい→建物を建築すること)にたずさわっていた彫り物名人、左甚五郎(ひだりじんごろう)に知らせました。
 甚五郎は、さっそく佐吉をよびよせ、
「おまえのとくいなものを見せてくれ」
と、いいました。
 そこで佐吉が彫ったのは、いまにも動きだしそうなみごとな仁王(におう)さまです。
 甚五郎はすっかり感心して、佐吉を東照宮の造営に参加させることにしました。
「わたしは、りゅうを彫ろう。佐吉、おまえは山門のねこを彫れ」
 左甚五郎にみとめられたうれしさに、佐吉は力いっぱい彫りつづけました。
 毎日毎日、彫りつづけ、とうとう山門のねこがほりあがりました。
 そして、甚五郎やほかの弟子たちの仕事もすべておわり、東照宮は完成しました。
 検査の役人たちも、そのみごとさには、ただおどろくばかりです。
 甚五郎をはじめ、みんなは、たいそういい気分になり、その夜は酒やごちそうでおいわいしました。
 酒を飲み、歌い、もりあがったみんなは、疲れていたのか、たくさんのごちそうを残したまま、グーグーと、ねむってしまいました。
 ところがそのよく朝、みんなが目ざめてみるとどうでしょう。
 あれほどたくさんあったごちそうが、一ばんのうちになくなっているのでした。
「おまえが食べたんじゃろうが!」
「とんでもない、おまえこそ!」
 弟子たちのいいあらそいを聞くうちに、甚五郎と佐吉は、はっと顔を見合わせました。
 甚五郎は、のみと木づちを持ち、山門へといそぎました。
 佐吉もだまって、あとを追います。
 山門へきてみると、佐吉の彫ったねこのまわりに、ごちそうを食いちらしたあとがあります。
 甚五郎は、クワッと目を見開き、カーンと、のみと木づちをふるいました。
 その一刀のもとに、佐吉のねこはねむりねこになってしまいました。
 佐吉は、甚五郎のうでのあまりのすごさに、思わず地面にひれふしました。
「左甚五郎先生!」
 甚五郎は、佐吉のかたに手をおき、しみじみといいました。
「佐吉よ、彫り物のねこにたましいが入るとは、おまえはまことの名人じゃ。これより、わしの名をとって、飛騨の甚五郎と名のるがよい」
「はいっ、ありがとうございます!」
 佐吉の彫ったねこは、そのあと、「日光東照宮のねむりねこ」として、とてもひょうばんになりました。
 それにつれて、飛騨の甚五郎の名まえも、たいへん有名になったということです。





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