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4月27日 婦人警官記念日(京都でのお部屋探しは京都 賃貸.com)

2012年4月27日(金) 08時16分52秒 スタッフブログ
1946(昭和21)年のこの日、GHQの指示により、東京警視庁に日本で初めて婦人警官62名が採用されました。
 当時はほとんどが事務職でしたが、現在では女性白バイ隊など幅広い職種で働いています。
他の記念日

きずなの日
 株式会社アートファーマーが制定。
 4月の誕生花がわすれな草であり、「きづ(2)な(7)」の語呂合せを組み合わせた物。

 

 国会図書館開館記念日
 1897(明治30)年、「帝国図書館官制」が公布、1872(明治5)年に書籍館として創設された東京図書館が「帝国図書館」と改称され、欧米の国会図書館に倣って整備拡充を図ることとなりました。
 それから1947(昭和22)年12月4日に国立図書館と改称、1949年に国立国会図書館支部上野図書館とされ、蔵書は国立国会図書館中央館に引き継がれました。

 哲学の日
 紀元前399年、ギリシアの哲学者・ソクラテスが、時の権力者から死刑宣告を受けて、刑の執行として獄中で毒を飲んで亡くなりました。
 アテナイ(現在のアテネ)で活動し、対話的問答を通じて相手にその無知(無知の知)を自覚させようとましたが、アテナイ市民には受け入れられず、告発され死刑判決が下されました。
 弟子たちは脱獄を勧めましたが、「悪法も法」だと言って毒杯を煽ったのでした。

 ロープデー
 「よい(4)つ(2)な(7)」(良い綱)の語呂合せ。

京都 賃貸よりオススメでした。





4月26日 よいふろの日(京都でのお部屋探しは京都 賃貸.com)

2012年4月26日(木) 08時40分33秒 スタッフブログ
「4(よい)2(ふ)6(ろ)」の語呂合わせです。
 日本のお風呂は元々むし風呂が主流でした。
 しかし江戸時代以後に、浴槽を設けたものが現れ、むし風呂は次第にすたれていきました。
 良い風呂の日は、親子でお風呂に入って親子の対話を深めたり、家族同士ふれあいを促すことを目的にしています。
ふろに関する昔話
むかしむかし、あるところに、ふろに入ったことのない、おじいさんとおばあさんがおりました。
 ふたりには子どもがありません。
 ある日、はじめてふろに入ってアカを落としました。
 すると、アカの出ること出ること、あんまりたくさんのアカがたまったので、これであかちゃんの人形を作りました。
 するとふしぎなことに、このアカでできた人形が動き出し、人間のあかちゃんになってしまったのです。
「ありがたい、ありがたい。これは、神さまがさずけてくださった子だ」
 おじいさんとおばあさんは、このあかちゃんを「力太郎」と名付けて、大切に育てることにしました。
 ところが、このあかんぼうは大変な大食らいで、ごはんを食べさせれば食ベた分だけ大きくなり、十五才のころには、名前のように、村一番の力持ちに育ちました。
 おじいさんおばあさんは、えらく年をとってしまったので、これ以上はたらいて、力太郎にごはんを食ベさせてやる自信がありません。
 どうしたものかと、なやんでいますと、
「おらは旅に出る。百貫目(ひゃくかんめ→約375キロ)の鉄の棒をつくってくれ」
 力太郎がいいだしたので、さっそく百貫の棒をつくってやると、力太郎はそれをブンブンふり回して旅に出ました。
 しばらくいくと、大男が石をげんこつでくだいて、人を集めています。
 力太郎は、石割り男に力比ベをもうしこみました。
「おらの鉄棒を三回半ふり回せたら、おまえの子分になろう。どうだ?」
「いいだろう。できなければ、おれが子分になってやる」
 石割り男は鼻で笑って、鉄の棒を手に取りましたが、一ふり半しか回せません。
 そこで石割り男は、力太郎の子分になりました。
 ふたりが旅をつづけると、お堂を背負って、いばっている男に出会いました。
「おらの鉄棒を三回半ふり回したら、子分になるぞ」
 力太郎がもちかけますと、お堂男は、
「なんのこれしき!」
 鉄棒を持ちあげましたが、二ふり半しか回せません。
 そこで力太郎は、この男も子分にしました。
 しばらくすると、人影のない村で、娘がひとりで泣いています。
 力太郎がわけをたずねますと、
「じつはこの村には、まいばん化け物がやってきて、つぎつぎと村人をのんでしまいます。今夜は、わたしが食ベられる番なのです」
と、答えるのです。
「そんな化け物くらい、おらたちがやっつけてやる」
 力太郎は力強くいうと、かまいっぱいにめしをたかせ、それをペロリとたいらげて、夜を待ちました。
 夜中になると、化け物が現れました。
 家よりも大きな、大男です。
「まずは、おれがやってやろう」
 はじめに、石割り男が立ち向かいましたが、あっけなくのみこまれ、つぎにとびかかったお堂男も、一口でペロリです。
「よし、最後はおらが相手だ! 百貫目の鉄棒を受けてみろ!」
 力太郎が鉄棒をふり回しましたが、自慢の鉄棒は、かんたんにねじまげられてしまいました。
「それじゃあ、これならどうだ!」
 力太郎は「えい!」とばかりに、化け物のまたの急所をけりあげました。
 さすがの化け物もこれにはたまらず、ひっくり返ってうなりました。
 力太郎は化け物の腹の上にとび乗ると、あたりかまわずふみつけます。
 とたんに、化け物の口からは、これまで飲んだ人たちが、つぎつぎと飛び出してきたのです。
 化け物をやっつけた力太郎は、娘を嫁にもらうと、おじいさんとおばあさんを山奥から呼びよせて、村人たちがお礼にと運んでくるめしをたらふく食べながら、しあわせに暮らしたということです。
京都 賃貸よりオススメでした。




4月24日 日本ダービー記念日(京都でのお部屋探しは京都 賃貸.com)

2012年4月24日(火) 08時19分20秒 スタッフブログ
1932(昭和11)年、目黒競馬場で第1回の日本ダービー(東京優駿競争)が開催されました。
 イギリスのダービーステークスにならって企画された物で、当時の出走馬は19頭、優勝したのは1番人気のワカタカでした。
 ダービーは元々、第12代ダービー卿が始めた、ロンドン郊外で開催されるサラブレッド3歳馬ナンバーワンを決めるレースの事で、イギリス競馬界最高の行事でした。
 日本を始め世界各国でそれに傚った「ダービー」という名前を附けたレースが開催されるようになりました。
名馬に関する昔話

むかしむかし、モンゴルの草原に、スーホーという歌の上手な若者がすんでいました。
 スーホーはお母さんと二人で、ヒツジをかってくらしていました。
 ある日スーホーは、ヒツジに草を食べさせにいったきり、日がくれても帰ってきません。
 お母さんが心配していると、スーホーは生まれたての白い子ウマをだいて帰ってきました。
「まあ、きれいな子ウマだね。どうしたんだい?」
 お母さんが聞くと、スーホーはうれしそうにいいました。
「帰るとちゅうで見つけたんです。持ち主もやってこないし、母ウマもいないんです。夜になってオオカミでも食われたらかわいそうだから、つれて帰ってきました。うちでかってやりましょう」
 スーホーは白い子ウマをとてもかわいがって、だいじにだいじに育てました。
 子ウマはどんどん大きくなり、やがて雪のようにまっ白な、りっぱなウマになりました。
 スーホーと白いウマは、なかのよい兄弟のように、いつもいっしょです。
 ある日のこと、村にすばらしい知らせがつたわりました。
 王さまが若者たちを集めて、競馬(けいば)大会をひらくというのです。
 そのうえ優勝したものは、王女のおむこさんにむかえられるというのでした。
 それを聞いた村の人たちはいいました。
「スーホー、いっておいでよ。おまえならきっと優勝できるよ」
 そしていよいよ、競馬大会の日がやってきました。
 国じゅうから、じまんのウマをつれた若者が集まりました。
 けれど、白いウマにのったスーホーにかなうものは一人もおらず、スーホーが優勝したのです。
「あの若者と白いウマを、ここへよびなさい」
と、王さまはいいました。
 スーホーは、大よろこびです。
 ところが王さまは、スーホーが貧乏(びんぼう)なヒツジ飼いだとわかると、王女のおむこさんにするのがいやになってしまいました。
 王さまは、つめたくいいました。
「その白いウマをおいていけ。そのかわりに、黄金三まいをおまえにやることにする」
 これを聞いたスーホーは、ビックリです。
(この白いウマは家族のようなものだ。それをお金で買おうなんて、なんてひどいことを)
 スーホーは、王さまの命令をことわりました。
 すると王さまは、顔をまっ赤にしておこり出し、
「王のいうことを聞かぬぶれい者め。この者をムチでたたくがよい」
 家来たちはスーホーを、ムチでピシピシうちました。
 キズだらけになったスーホーは見物席の外へほうりだされ、王さまは家来に白いウマをひかせて帰っていきました。
 スーホーは友だちに助けられて、やっと家に帰りました。
 ムチのために、すっかりボロボロになったスーホーは、何日もねたきりでした。
 でも、お母さんのひっしのかんびょうで、だんだん元気になりました。
 ある晩のことです。
 トントンと、門の戸をたたく音がしました。
「だれだい?」
 返事はありません。
「なんの音だろう?」
 外に出たスーホーはビックリ。
 白いウマが、門のそばにたっていたからです。
「お、おまえ、帰ってきたのかい」
 スーホーはかけよって、思わず白いウマをだきしめました。
 ところが白いウマの体には、何本ものするどい矢がつきささっているではありませんか。
「なんて、ひどいことを!」
 スーホーは夢中で矢をひきぬき、お母さんといっしょにキズの手当をしてやりました。
 けれど白いウマは、つぎの日、死んでしまいました。
 やがてスーホーは、白いウマがもどってきたわけを知ることができました。
 王さまは白いウマを手に入れたのがうれしくて、人びとをよんで酒もりをはじめました。
 ところが、おおぜいの人びとのまえで白いウマにのろうとしたとたん、白いウマは王さまをふりおとしてしまったのです。
 おこった王さまは、家来たちにむかってさけびました。
「あのあばれウマをつかまえろ。つかまらなければ、殺してしまえ」
 家来たちは、にげていく白いウマにむかって、雨のように矢をあびせました。
 それでも、白いウマは走ったのです。
 体に矢がささりながらも、なつかしいスーホーの家にむかって、死にものぐるいで走ったのです。
 白いウマは自分をかわいがり、育ててくれたスーホーのそばで死にたかったのでした。
 白いウマが死んでから、スーホーは悲しくて、くやしくて、夜もなかなかねむれない日がつづきました。
 そしてある日、スーホーは弓矢を取り出すと、その弓矢の手入れを始めました。
 白いウマのかたきをうつため、この弓矢で王さまを殺そうと思ったのです。
(白いウマよ、待っていろよ。あしたの朝、あの王さまを殺して、おまえのかたきをうってやるからな)
 その日の晩、スーホーのゆめの中に、白いウマがあらわれていいました。
「スーホーさん、わたしのかたきをうつことを決心してくれてありがとう。ほんとうにうれしいです。でも、もう、わたしは死んでしまっています。王さまを殺しても、わたしが生き返ることはありません。それどころか、あなたも殺されてしまうでしょう。どうか、かたきうちはやめてください。それより、ひとつお願いがあるのです。どうかわたしの体で琴(こと)をこしらえてください。わたしは琴になって、いつまでもあなたのそばにいます」
 つぎの日、スーホーは白いウマの骨としっぽをつかって、琴をつくりました。
 さおの先は、白いウマの頭のかたちをきざみました。
 やがてスーホーは、草原でヒツジのばんをしながら、いつもこの琴をひくようになりました。
 美しい琴の音と、むねにしみるそのしらべは、ほかのヒツジ飼いたちにとっても、このうえないなぐさめとなりました。
 スーホーの琴が聞こえてくると、みんなは一日のつかれをわすれて、じっとしずかにその音色に耳をかたむけるのでした。

京都 賃貸よりオススメでした。




4月21日 民放の日(京都でのお部屋探しは京都 賃貸.com)

2012年4月21日(土) 08時22分12秒 スタッフブログ
日本民間放送連盟(民放連)が1968(昭和43)に「放送広告の日」として制定したものが1993(平成5)年に「民放の日」へと改称されました。
 1951(昭和26)年のこの日、日本では初めて民放16社の放送の予備免許が与えられたとを記念しています
京都 賃貸よりオススメでした。




4月18日 発明の日(京都でのお部屋探しは京都 賃貸.com)

2012年4月18日(水) 08時10分45秒 スタッフブログ
1885(明治18)年のこの日に専売特許条例(特許法)が公布されたことを記念しています。
 工業所有権制度の普及・啓蒙を図ることを目的として、1954(昭和29)年1月28日日通商産業省(経済産業省)省議決定に基づいて制定され、同年4月18日に施行されました。
他の記念日

よい歯の日
 日本歯科医師会(日歯)が1993(平成5)年に制定。
 「よ(4)い(1)歯(8)」の語呂合せ。

  ウッドデッキの日

 ウッドデッキの設計・販売を行う中川木材産業が制定。
 4月はウッドデッキの販売台数が増える月で、18日は「木」を分解すると十八になることから。


 よいお肌の日
 明治製菓が制定。
 「よ(4)い(1)おは(8)だ」の語呂合せ。


 お香の日
 全国薫物線香組合協議会が制定。
 日本書紀の「推古天皇3(595)年の4月に淡路島に香木が漂着した」とあるのが日本のお香についての最初の記述であることと、「香」の字を分解すると「一十八日」になることから。

 よい刃の日
 「よ(4)い(1)刃(8)」の語呂合せ。

 三重県民の日
 1976(昭和51)年、三重県が置県100年を記念して制定。
 1876(明治9)年、度会県が三重県に併合され、三重県が現在の形になりました。

  世界アマチュア無線の日

 1925年、パリ・ソルボンヌ大学(現在のパリ大学)で世界アマチュア無線連合(IARU)が創設されました。

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